ほんとに今日はダメな日。
今日はテンションが全然上がらず
最低な授業を展開してしまったことに始まり、
イライラを生徒にぶつけてしまった。
ただでさえ元気じゃないのに、そんなことしちゃったから
余計に元気じゃなくなった。生徒に申し訳ないことをした。
よくあるんだけど
こういう「うつ」の時期がわりと定期的にやってくる。
いまだにこの対処法がよくわからん。
「環境を整える」とか「リラックスする」とか
いろいろ教えてもらったけど、それすらする元気がない。
いつもなら「食欲」にそれをぶつけることが多かったけど、
最近食欲すらない。
あー、マズイ感じか?
最近、先生やってて思うのは、
周りの先生が自分よりも優れて見える。
前はそんなこと思ってなかったというわけではなく、
その度合いがやけに強くなって、「すげぇな!」って思うだけじゃなくって
人のいいところがよく見え、自分の悪い部分がよく見える。
だから、余計に落ち込んでいるのかもしれん。
常に隣の芝は青く見えて当然だし
願っても叶うわけはないのにね。
はたして、自分はこれでいいのか?
きっと、全く「成長」していないはず。
だいたい、自分で成長を実感していないから。
そもそも、思うに、
成長って他人が認識するもんであり
自分で気づくものじゃないから、
一生「成長」は満たされることはないと思う。
他人に「成長したね!」って評価してもらえてはじめて
自分で「成長した」と感じるのかもしれない。
生徒のために成長しよう。
誰かのために成長しよう。
誰かのためだから、自分のために頑張れる。
2012年2月3日金曜日
2012年2月1日水曜日
詩・生徒諸君に寄せる 宮沢賢治
宮崎賢治の詩は、まるで生き物みたい。
心臓の鼓動が聞こえてきそうなぐらいリアル。
ストレートであり、思想的でもあり。
歴史的仮名遣いと言い回しが内容を難しくしてるけど
ぜひ、現代語訳にして見せてあげたいと思う作品。
今の時代だからこそ、通ずることばかりな気がします。
詩・生徒諸君に寄せる 宮沢賢治
中等学校生徒諸君
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である
諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか
今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見え
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ
むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ
諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ
宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか
新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て
衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ
新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ
新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少くとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである
潮や風……
あらゆる自然の力を用ひ尽くして
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ
ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか
<参考URL>
「朝日評論」1946年4月号に掲載された「生徒諸君に寄せる」
http://why.kenji.ne.jp/asahi.html
心臓の鼓動が聞こえてきそうなぐらいリアル。
ストレートであり、思想的でもあり。
歴史的仮名遣いと言い回しが内容を難しくしてるけど
ぜひ、現代語訳にして見せてあげたいと思う作品。
今の時代だからこそ、通ずることばかりな気がします。
詩・生徒諸君に寄せる 宮沢賢治
中等学校生徒諸君
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
それは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である
諸君はこの時代に強ひられ率ゐられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか
今日の歴史や地史の資料からのみ論ずるならば
われらの祖先乃至はわれらに至るまで
すべての信仰や特性は
ただ誤解から生じたとさへ見え
しかも科学はいまだに暗く
われらに自殺と自棄のみをしか保証せぬ
むしろ諸君よ
更にあらたな正しい時代をつくれ
諸君よ
紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君は此の地平線に於ける
あらゆる形の山嶽でなければならぬ
宙宇は絶えずわれらによって変化する
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを言ってゐるひまがあるか
新たな詩人よ
雲から光から嵐から
透明なエネルギーを得て
人と地球によるべき形を暗示せよ
新しい時代のコペルニクスよ
余りに重苦しい重力の法則から
この銀河系を解き放て
衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ
新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ
新しい時代のダーヴヰンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至り
透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
おほよそ統計に従はば
諸君のなかには少くとも千人の天才がなければならぬ
素質ある諸君はただにこれらを刻み出すべきである
潮や風……
あらゆる自然の力を用ひ尽くして
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ
ああ諸君はいま
この颯爽たる諸君の未来圏から吹いて来る
透明な風を感じないのか
<参考URL>
「朝日評論」1946年4月号に掲載された「生徒諸君に寄せる」
http://why.kenji.ne.jp/asahi.html
2012年1月23日月曜日
What is the "practical English" ?
以下、twitter からの抜粋。
確かにそうだと思ったので記録する。
これを見て、どう思いますか?
確かにそうだと思ったので記録する。
「使える英語」というのはどこで「使える」のでしょう。道を聞かれたときのためだけに使える英語を真剣に学ぶのは悲しすぎます。ボクは他者とのコミュニケーションというより、自己形成のために語学を勉強してる気がします。少なくとも外国人に道聞かれたら英語使わず、地図描いてあげます。
関 正生 (予備校講師)
これを見て、どう思いますか?
2012年1月18日水曜日
ごめん
この一言ってなかなか言えない自分。
素直じゃないってよく言われる。
「ごめん」っていうためには、勇気がいる。
思うに、その勇気を出すのをためらっているのかもしれない。
そんな自分がなんか恥ずかしくって情けない。
しかも、面と向かっていうのがもっと恥ずかしい。
恥ずかしいから、「ごめん」っていうのをためらう。
ためらうから、どんどん関係が悪化する。
だから、今日は「ごめん」って言おうと思う。
素直じゃないってよく言われる。
「ごめん」っていうためには、勇気がいる。
思うに、その勇気を出すのをためらっているのかもしれない。
そんな自分がなんか恥ずかしくって情けない。
しかも、面と向かっていうのがもっと恥ずかしい。
恥ずかしいから、「ごめん」っていうのをためらう。
ためらうから、どんどん関係が悪化する。
だから、今日は「ごめん」って言おうと思う。
2012年1月16日月曜日
ベクトル
他人とベクトルを合わせることって難しいと思う。
たとえば、みんなで何かを協力するとき。
自分のベクトルはこっち向きだけど、相手のはあっち向き。
昔、養老孟司がTVでこんなことを言ってた。
「他人とのベクトルの保ち方は違うほうがいい。
たとえば、ベクトルの向きが同じ方向なら、強いほうに依存してしまい弱いほうは楽をする。
真逆なら、強いほうに無理強いされ、結局は何もやらなくなってしまう。
向きが違うベクトルなら、お互いが干渉しあうこともないし、
必要な時に力を合わせれば、強力な力の合成ができる。」
確かにそうだって思った言葉の一つ。
ただ、「必要な時に力を合わせれば・・・」って部分にこの難しさは集約されているはず。
つまり
全く違うアイデアと自分のアイデアをいかに合体させるか?
どうやってお互いの良さを引き出しあうか?
みたいな部分がすごく難しい。
日常でもこんな状況は必ず存在するし、人間なら誰しも体験することだろうと思う。
思うに、双方の描く「目的・目標」が一致すれば、必ずしも難しいこととは限らない。
到達点が一緒なら、たとえ上り方が違っても同じ場所につくからである。
逆に、「目的・目標」が違う人と協力していくことはすごく難しい。
なぜならば、こういう場合、たいてい双方の意見は全く違うからである。
そして、大体これらはのモチベーションの相違に原因がある。
最終的には、同じ到達点につくことはまずない(・・・気がする)。
自分の今までの経験上、そういうことが多かった。
あくまで自分の意見だから、この記事を見た人が同じ意見だとは思わない。
この意見に対して、他人との比較で○や×を決めるつもりはない。
ただ、自己反省のもと、「○○だから××したい」みたいに考えを改めることをしたい。
たいてい、この場合、自分一人で怒ってしまい、場に嫌な空気を流してしまう。
良くも悪くも、きっと一生懸命なのかもしれない。
昨日もそうだった。
勝負ごとに負けるのは嫌いだから、たとえ遊びであっても負けたくない。
昨日の試合はそういう意味で勝ちたかったのに、チームメイトに対して腹を立てた。
何に対してかというと、モチベーションの違い。
結局、自分一人でプスプスと怒ってしまって、場に悪い空気を流す。
この先に待つのは、その人と疎遠になる。
これじゃぁ、ダメだとほんとに思う。
そして、もう27年も生きてきたにもかかわらず
こういう場合の自己解決法がいまだに見つからない。
いや、見つからないというより、「見つけようとしない」のほうが正しいのかも・・・!?
もうすぐ30。もう少し大人な対応ができることを目標にしたい。
と、昨日のフットサルで思ってしまいました。
たとえば、みんなで何かを協力するとき。
自分のベクトルはこっち向きだけど、相手のはあっち向き。
昔、養老孟司がTVでこんなことを言ってた。
「他人とのベクトルの保ち方は違うほうがいい。
たとえば、ベクトルの向きが同じ方向なら、強いほうに依存してしまい弱いほうは楽をする。
真逆なら、強いほうに無理強いされ、結局は何もやらなくなってしまう。
向きが違うベクトルなら、お互いが干渉しあうこともないし、
必要な時に力を合わせれば、強力な力の合成ができる。」
確かにそうだって思った言葉の一つ。
ただ、「必要な時に力を合わせれば・・・」って部分にこの難しさは集約されているはず。
つまり
全く違うアイデアと自分のアイデアをいかに合体させるか?
どうやってお互いの良さを引き出しあうか?
みたいな部分がすごく難しい。
日常でもこんな状況は必ず存在するし、人間なら誰しも体験することだろうと思う。
思うに、双方の描く「目的・目標」が一致すれば、必ずしも難しいこととは限らない。
到達点が一緒なら、たとえ上り方が違っても同じ場所につくからである。
逆に、「目的・目標」が違う人と協力していくことはすごく難しい。
なぜならば、こういう場合、たいてい双方の意見は全く違うからである。
そして、大体これらはのモチベーションの相違に原因がある。
最終的には、同じ到達点につくことはまずない(・・・気がする)。
自分の今までの経験上、そういうことが多かった。
あくまで自分の意見だから、この記事を見た人が同じ意見だとは思わない。
この意見に対して、他人との比較で○や×を決めるつもりはない。
ただ、自己反省のもと、「○○だから××したい」みたいに考えを改めることをしたい。
たいてい、この場合、自分一人で怒ってしまい、場に嫌な空気を流してしまう。
良くも悪くも、きっと一生懸命なのかもしれない。
昨日もそうだった。
勝負ごとに負けるのは嫌いだから、たとえ遊びであっても負けたくない。
昨日の試合はそういう意味で勝ちたかったのに、チームメイトに対して腹を立てた。
何に対してかというと、モチベーションの違い。
結局、自分一人でプスプスと怒ってしまって、場に悪い空気を流す。
この先に待つのは、その人と疎遠になる。
これじゃぁ、ダメだとほんとに思う。
そして、もう27年も生きてきたにもかかわらず
こういう場合の自己解決法がいまだに見つからない。
いや、見つからないというより、「見つけようとしない」のほうが正しいのかも・・・!?
もうすぐ30。もう少し大人な対応ができることを目標にしたい。
と、昨日のフットサルで思ってしまいました。
2012年1月11日水曜日
すべては「聞く・話す」から。
人権・同和学習の一環で、
地域の保幼小中高合同の勉強会があった。
結論を言えば、満足度は半分ぐらい。
<メモより抜粋>
人権同和学習とは事実と実践を通じて学習する
→1人を大切にする、必ず訳を聞く、パラダイムシフト、生きる力を養う
相手の目的・目標を尊重する
他人を自分に置き換えて話を聞く
自分の思いを記録する
当たり前は個人差がある
見かけの事象から、その背景を推理する。(背景を大切にする)
人が共感できるということは、その内容に対して自分自身の課題であると感じている証拠。
「親は教師以上に子どもに対して真剣」
「白・黒の一方的な決めつけでなく、灰色があってもいい」
教育活動は全て「子ども」を原点として活動する
積極的に言葉の共有化をしていく
face to faceのコミュニケーションを重視して他人と接する
一番勉強になったのは、最後の10分。
この10分に今回の価値があったような気がする。
「差別」ってなんですか?
「やさしさ」ってなんですか?
それを踏まえて、「仲間」ってなんですか?
これらの問いに対して、はっきりと答えられるものって
きっとないと思うし、逆にないから常に考えて行動しないといけない。
差別や人権の問題を解決するキーワードの1つって
自分が思うに、「共感」じゃないかって思う。
共に感じあえるから、理解しあえる。
理解しあえないから、自分は相手と違うんだという差別感が生まれる。
自分と相手は同一の人間じゃないから、違って当然なのに、
その当たり前のことすらわかってないように見えるし、
そういうことに気が付きにくい現状が今あると思う。
「自分とは異なる人間といかに生活していくか」
これって、人権とか差別の問題以前に
「人」が社会性をもって生きていく以上、影のように付きまとう事実。
つまり、「生きる力」を養っていかないとダメなのでしょう。
タイトルにある、「すべては『聞く・話す』から」とあるのは
自分が大事にしている「人権感覚の軸」
そして、昨日の勉強会での総括で助言者の先生がおっしゃった一言でもある。
きっとこの先もデジタル化は進む一方だろうから、
アナログ的手法は風化することは想像に容易い。
それにともなって、他人と共感する瞬間も変化していくだろうし、
一瞬の感動も激減するはずだと思う。
こうした時代の潮流の中にあって、道徳教育ってますます難しくなると思う。
だからこそ、余計に「聞く・話す」というコミュニケーションの手段として
当たり前だと思うことを常に意識して他人と接していかなければならないし、
そうしたコミュニケーションでのみ、本当の他人との「共感」が生まれると思う。
共に感じあえるからこそ、友となり、仲間になれるんだと思う。
そういう意味において、人と付き合う手段って結構単純なのかもしれない。
ただ、自分とは違う人である以上、分かり合う難しさはあるとは思う。
地域の保幼小中高合同の勉強会があった。
結論を言えば、満足度は半分ぐらい。
<メモより抜粋>
人権同和学習とは事実と実践を通じて学習する
→1人を大切にする、必ず訳を聞く、パラダイムシフト、生きる力を養う
相手の目的・目標を尊重する
他人を自分に置き換えて話を聞く
自分の思いを記録する
当たり前は個人差がある
見かけの事象から、その背景を推理する。(背景を大切にする)
人が共感できるということは、その内容に対して自分自身の課題であると感じている証拠。
「親は教師以上に子どもに対して真剣」
「白・黒の一方的な決めつけでなく、灰色があってもいい」
教育活動は全て「子ども」を原点として活動する
積極的に言葉の共有化をしていく
face to faceのコミュニケーションを重視して他人と接する
一番勉強になったのは、最後の10分。
この10分に今回の価値があったような気がする。
「差別」ってなんですか?
「やさしさ」ってなんですか?
それを踏まえて、「仲間」ってなんですか?
これらの問いに対して、はっきりと答えられるものって
きっとないと思うし、逆にないから常に考えて行動しないといけない。
差別や人権の問題を解決するキーワードの1つって
自分が思うに、「共感」じゃないかって思う。
共に感じあえるから、理解しあえる。
理解しあえないから、自分は相手と違うんだという差別感が生まれる。
自分と相手は同一の人間じゃないから、違って当然なのに、
その当たり前のことすらわかってないように見えるし、
そういうことに気が付きにくい現状が今あると思う。
「自分とは異なる人間といかに生活していくか」
これって、人権とか差別の問題以前に
「人」が社会性をもって生きていく以上、影のように付きまとう事実。
つまり、「生きる力」を養っていかないとダメなのでしょう。
タイトルにある、「すべては『聞く・話す』から」とあるのは
自分が大事にしている「人権感覚の軸」
そして、昨日の勉強会での総括で助言者の先生がおっしゃった一言でもある。
きっとこの先もデジタル化は進む一方だろうから、
アナログ的手法は風化することは想像に容易い。
それにともなって、他人と共感する瞬間も変化していくだろうし、
一瞬の感動も激減するはずだと思う。
こうした時代の潮流の中にあって、道徳教育ってますます難しくなると思う。
だからこそ、余計に「聞く・話す」というコミュニケーションの手段として
当たり前だと思うことを常に意識して他人と接していかなければならないし、
そうしたコミュニケーションでのみ、本当の他人との「共感」が生まれると思う。
共に感じあえるからこそ、友となり、仲間になれるんだと思う。
そういう意味において、人と付き合う手段って結構単純なのかもしれない。
ただ、自分とは違う人である以上、分かり合う難しさはあるとは思う。
2012年1月4日水曜日
新年のあいさつとして。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
この2012年の目標というか自分の合言葉を決めようと思う。
「前進(漸進)」
去年は何もわからずとにかくもがいてたけど
今年も何も変わらんと思う。
変わらんことがいいこともあれば、悪いこともあると思う。
その良し悪しを見定め、自分なりに前進していきたいと思う。
今年は自分の中で大きなチャレンジの年にしたい。
自分の不甲斐なさからくる「後悔やムカつき」を
今年は1つも味わいたくない。
だから、たとえ少しでも前進したい。
そして、前進の度合いは、自己判断でなく他者判断にしたい。
そういう「自分に甘い」部分を今年は直さないといけないと思う。
努力とか根性とか、自分が学生の頃にモットーとしてたことを
もう1回思い出して生活したい。
平和な1年にしたいけど、多少の怒りがあってもいい。
怒りのパワーを上手に活用したい。
そして、教採にチャレンジしたい。
今年で必ず合格できるように、少し遅めだけど今から頑張りたい。
やっぱり、自分は先生しかできないと思う。
きちんとした先生じゃなくてもいい、「先生」として頑張りたい。
「英語なんて・・・」って思った時もあったけど、
やっぱり教科指導ができてやっと普通の先生として存在できる。
そこの付加価値は、その人の個性とか価値観で決まると思う。
それはあくまでも付加価値であり、そこを勝負の中心にしても無意味だろう。
去年の自分はそこに主眼を置き、そこを磨くことに一生懸命だったけど、
それってあまりにも無意味で、教師という職業を軽視してたんだろうね。
10月ぐらいに気づき始めて、11月に違和感を覚え、12月で認識した。
自分は外国語(英語)の教師として生徒と対峙すべき。
いや、すべきというか、「そう」しなければ、教師を辞めるべきだと思う。
だから、英語の勉強は必ず継続させないといけない。
毎日どれぐらいするかは、今考えるところがあるけど、
少なからず、毎年英語に関する資格にチャレンジしていかなければいけないと思う。
TOEIC、TOEFL、IELTS、英検・・・
だから、今年は英検の準1級を取りたいと思う。
TOEICやTOEFLもいいけど、まずは英検にチャレンジしたい。
「人間を磨く」っちゅーことは、きっと付録なんだと思う。
磨けるものなら磨いてるだろうしね。
きっと能動的なものじゃなく、受動的なものなはず!
生徒のためではなく、まずは自分のために。
自分のために頑張るから、生徒のために頑張れる、と思う。
・・・はい。
つまるところ、もっと頑張れ!ってことやな。
今年もよろしくお願いします。
この2012年の目標というか自分の合言葉を決めようと思う。
「前進(漸進)」
去年は何もわからずとにかくもがいてたけど
今年も何も変わらんと思う。
変わらんことがいいこともあれば、悪いこともあると思う。
その良し悪しを見定め、自分なりに前進していきたいと思う。
今年は自分の中で大きなチャレンジの年にしたい。
自分の不甲斐なさからくる「後悔やムカつき」を
今年は1つも味わいたくない。
だから、たとえ少しでも前進したい。
そして、前進の度合いは、自己判断でなく他者判断にしたい。
そういう「自分に甘い」部分を今年は直さないといけないと思う。
努力とか根性とか、自分が学生の頃にモットーとしてたことを
もう1回思い出して生活したい。
平和な1年にしたいけど、多少の怒りがあってもいい。
怒りのパワーを上手に活用したい。
そして、教採にチャレンジしたい。
今年で必ず合格できるように、少し遅めだけど今から頑張りたい。
やっぱり、自分は先生しかできないと思う。
きちんとした先生じゃなくてもいい、「先生」として頑張りたい。
「英語なんて・・・」って思った時もあったけど、
やっぱり教科指導ができてやっと普通の先生として存在できる。
そこの付加価値は、その人の個性とか価値観で決まると思う。
それはあくまでも付加価値であり、そこを勝負の中心にしても無意味だろう。
去年の自分はそこに主眼を置き、そこを磨くことに一生懸命だったけど、
それってあまりにも無意味で、教師という職業を軽視してたんだろうね。
10月ぐらいに気づき始めて、11月に違和感を覚え、12月で認識した。
自分は外国語(英語)の教師として生徒と対峙すべき。
いや、すべきというか、「そう」しなければ、教師を辞めるべきだと思う。
だから、英語の勉強は必ず継続させないといけない。
毎日どれぐらいするかは、今考えるところがあるけど、
少なからず、毎年英語に関する資格にチャレンジしていかなければいけないと思う。
TOEIC、TOEFL、IELTS、英検・・・
だから、今年は英検の準1級を取りたいと思う。
TOEICやTOEFLもいいけど、まずは英検にチャレンジしたい。
「人間を磨く」っちゅーことは、きっと付録なんだと思う。
磨けるものなら磨いてるだろうしね。
きっと能動的なものじゃなく、受動的なものなはず!
生徒のためではなく、まずは自分のために。
自分のために頑張るから、生徒のために頑張れる、と思う。
・・・はい。
つまるところ、もっと頑張れ!ってことやな。
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